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JASRACによる音楽教室からの著作権料徴収に対して思うこと

追記:この記事に関する追記を次のエントリーに書きました、この記事には今の時点では誤っていると思う部分が多々ありますが、そもそも気持ちを綴った物であるので、ここで削除や訂正はいたしません。

 

私はJASRACによる音楽教室からの著作権料徴収に対して明確に反対します

 

理由は以下の4つ

1.音楽教室の生徒を公衆と位置づけるのはおかしい

2.JASRAC管轄外の曲しか演奏しない場合は不当請求となるのではないか

3.楽譜による徴収との二重取りになるのではないか

4.教育機関から徴収するのはそもそもおかしい。今回の理論ならば、私立の学校・音大・音楽を少しでも取り扱う専門学校などから同様に徴収しないとおかしい

 

1.生徒は公衆ではない

ここを今回は強引な解釈で踏み出したのだと思うが、当然の感覚として「不特定の公衆」と「生徒」を同じにする人は居ない。これは音楽教室に勤める先生・講師と通う生徒に対する侮辱そのものであると同時に、とうてい納得できない解釈である

 

2.JASRAC管轄外の曲しか演奏しない場合は不当請求である

そもそも音楽教室に通うのはカラオケに行くのとは違い、一定の期間、もしくは数年に渡って、ずっと、同じ曲を練習することも珍しくはない

「数年間、バッハとベートーベンしか演奏してないし聞いてもいない」ということもあり得るような世界において、なにかしら演奏するであろうから包括契約で良い、なんていうのは暴論である

まったく権利に触ってもいないのに徴収されるというのは、不当請求という犯罪なのではないだろうか。その可能性すら考えない包括契約を持ち出すあたり、職務怠慢かつ地位を笠に着た横暴であり、到底許されることではない

 

3.楽譜との二重徴収

楽譜を買う目的はずばり演奏することであり、よりよく演奏するためには練習は不可欠である

また、練習は一人でするより、師に習う方が上達のスピードは上がるし方向性も確かなものになる

こんなことは明記するほどのことでもないのだが、どうにも今回の件はこのことをまったく理解していないように思える

「楽譜を買ったのだから、どこでどのように演奏しようが勝手だ」とまではもちろん言わない。というより、現状はお金を取る演奏会などでは使用料は支払われているのだ。「楽譜を買った」=「どこでも好きなように演奏できる権利を買った」とは一般的な音楽家は思っていない

ただし「楽譜を買った」=「師に教えてもらう権利はまだない」なんて思ってる人は居ないだろう

「楽譜を買う」=「練習する」≒「師に教えてもらうこともある」というのが常識であり、当然の権利であり、そして今回の件はこの構図に対する挑戦である

そもそもJASRACが権利を持っている曲の楽譜の出版には相当な請求が来ると聞く。昔、知り合いの音大の教授が楽譜集を出版するにあたり、現代の曲を入れようと思ったが、値段が跳ね上がってしまうので泣く泣く曲数を減らした、と聞いた

明確な値段のほどはわからないが、楽譜に「JASRAC」の文字がある以上、売り上げの一定額はJASRACに入っている

楽譜を販売して、それを練習として聞かせることはまた別料金です、なんて理論に誰が納得できようか

 

4.他の教育機関への徴収

同じ意味合いでは、授業料を取り「音楽」の授業がある私立の学校、音楽大学芸術大学、音楽を少しでも取り扱う専門学校なども同じ立場にあるはずで、そことの格差を付けることは不平等である

今回「音楽教室」という、一番立場が弱いところへの狙い撃ちに悪意を感じる

また、意味合いは変わるが構図は同じという意味で、ゲストとして雇った音楽家と一緒に練習すること自体が演奏権の侵害となるとも言っていると取れる

これらの機関から徴収しろと言っているのではない

こんな馬鹿げた理論で取ることがおかしい、と言っているのだ

 

以上が今回の件に対する反対の理由である

個人的には、使用する楽曲によって申告制とし、その作曲者のもとに支払われるという取り決めのもとに1%くらいの徴収をするというのなら、作曲者への理解や激励の意味ともなり、ある意味で権利に対する意識としての勉強にもなるかと思うが、包括契約で何を演奏したかにも拘わらず誰に支払われるともわからない徴収は無思慮甚だしく、ただ単にみかじめ料という意味としかとらえられない、もはや暴挙としか言えない代物である

ただ、それでも方針を固めたのならどんな無茶な理論でも実行するであろうが、最低でも何かしらの方法で文化庁最高裁の判断をするところまでは行ってほしいと切望する

「生徒は公衆である」と第三者が判断したのであれば、それは従うしかないと考えるが

JASRACだけが主張を通す形になり誰も反対の声をあげないということは避けてほしいというのが私の願望である

クールジャパンを標榜する政治家の方々には、今回のこの日本の音楽文化の根底を揺るがしかねない暴挙に対して是非とも声を上げ、行動をしてもらいたい

「音楽をしようとしている子供」を「教室に通わせようとしている親御さん」が辛い目に合い、日本の音楽のレベルが上がる可能性を摘むというこの状況を静観しないでください